Agape World
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我孫子洋子

 

私を呼んでくれた本 アガペ(AGAPE)

 

本屋さんや 図書館に行った時、自分が選ぼうとしているジャンルではないのに、何故か磁石で引っ張られるように引き寄せられてしまう本がある。私にとって、その中の1冊が恵子ホームズ氏の「アガペ」だった。この本を、たまたま日本人会の図書館から借りてきて、読んでいる真っ最中に「この作者と数年前にシンガポールで会って、人生が変わった!」というエバさんという(当時72-3歳の)中国系の女性とお会いすることができた。

 

この日は、マラさんという、インド人の友人のお誕生日で、私の他に、彼女の親しい友人たちが、ご自宅でのランチに招待されていた。彼女は、シンガポールが昭南島だった時代、小学校で日本語教育を受けていた為、自分の名前を今でも「マラ」とキチンと書ける。マラさんは、私にとって、同じコンドミニアムの隣人であり親しい友人でもあり、身近な英語の先生でもあった。エバさんとマラさんは、かつての小学校の先生仲間で、50年来の無二の親友だと聞いた。

 

料理自慢のマラさんの娘さんが彼女の為に用意した素晴らしいフルコースのホームパーティが和やかに進んでいく。私はこのような特別な場に友人の一人として、招待を受けたことに心から感謝した。彼女が 私の事を「ヨーコの関心事は、食べ物と歴史問題だ。」と皆に紹介すると、このエバさんが静かに語りだした。

 

「夫と二人、世界中をあちこち旅してきたけれど、日本にだけはまだ、行っていない。特に夫には、深い心の傷がある。でも、数年前ある教会関係の集会で、イギリス人と結婚した日本人女性が、「謝罪と和解」に来られ、その時、彼女と抱き合って泣いたら、許せる気がした。そしたら、今日、神が友人として、日本人であるヨーコを目の前に連れてきてくれた。本当に神のご加護だね」。

 

この時、読んでいたアガペに掲載されていた1枚の集合写真の中にエバさんが、虫眼鏡でやっと見えるくらいの大きさでちゃんと写っている。本を見せて、全員で強烈に驚いた。まさに 私の人生の3大ビックリの中の一つだった。この本は私をあの時、書架の中から、本当に呼んでくれたのだった。

 

その後彼女は、めでたくご主人と北海道旅行に行き、「日本人は皆親切でよく気がつき、感動した!行ってヨカッタ」と束になった写真を見せて貰った。マレーシアで自動車部品工場を経営する彼女の弟さんは日本車にいくら人気があっても、日本製品の部品は絶対置かなかったのがエバさんの影響で最近は置くようになり、商売も良くなったとあの時笑って話してくれた。

 

「戦争は国と国の喧嘩だが、人間の心の傷は、個人と個人の暖かい心のふれ合いでしか癒すことができない」と かつて、佐藤初女先生がおっしゃった事を今しみじみ思い出す。その後、私は、この恵子ホームズさんをイギリスに訪ね、泰緬鉄道(DEATH RAILWAYS )で、元捕虜だったトミーさん(当時80代後半)の病床をお見舞いすることができた。

 


ホームに入ったトミー・ケント(中央)を訪れる洋子(トミーの左隣)

熊野市紀和町でマイクを独占するトミー
恵子ホームズ氏は、日英の和解の為、アガペワールドを立ち上げ、映画「戦場に架ける橋」で描かれた悲惨な捕虜体験をされた英国の老兵士の方たちを支援する活動に対し、1998年、英国女王から勲功章を受章された。 今秋は4人の元捕虜の方たち(全員90歳代)が、アガペのご支援で来日されるとの事、マクロビヨーコとしても、非力ながら、サポートさせて頂きたいと願っています。

 

 

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